MOROHA出演!若手の演技がすごすぎる青春活劇『アイスと雨音』

『バイプレイヤーズ』や『アフロ田中』などで有名な松居大悟監督が、若手俳優とヒップホップ・ユニットMOROHAを集めて作った映画『アイスと雨音』。今回はその魅力を分析。少年少女を捉えた一発撮りの青春活劇を目撃せよ。

あらすじ

2017年、小さな町で演劇公演が予定されていた。オーディションで選ばれ、初舞台に意気込む少年少女たち。しかし、その舞台は突如中止となった―

引用:アイスと雨音 公式サイト

というシンプルな筋にそって、この物語は進んでいく。しかしその表現は複雑で、一筋縄ではいかない。というのも『アイスと雨音』は、予定していた舞台を中止にさせられた松居監督が、元々公演を行う予定だった劇場を使い、スタッフを集め始めてから2か月で撮った映画だからだ。舞台が無くなった怒り、衝動を形にした作品なのだ。その特殊な始まりが、2018年邦画界の特異点ともいえる本作を生み出した。創意工夫に満ちたポイントをネタバレありで書いていきたい。

しかしこの『アイスと雨音』、本当にすごいので出来ればこの下は読まずに、ただ筆者を信じて劇場に足を運んでほしいというのが本音だ。初めて見る衝撃を失わずに見に行ってほしい。

ーーーーー以下ネタバレ注意ーーーーー

一発撮り

主要な登場人物は全員10代の俳優たちだ。そんな彼らの姿を途切れることなく74分ワンカットで納めた作品になっている。一度のミスも許されない中で演じ続けるのは、主演・森田想(もりたこころ)。主人公・こころ役として複雑な演技をこなす。どれほどの演技力を要する作品だったのか、解説しておく。

物語の中で、劇と現実を行き来する

作中で彼女たちは役者の卵を演じる。そのため物語の中で作中の劇「MORNING」における役も演じることになる。一人二役では無く劇の登場人物を演じる役者を、現実の女優が演じているというメタ的な構造になっているのだ。

そして作中の役者たちの環境(習熟度・熱量)が変わると共に、劇中劇「MORNING」での演技の完成度をコントロールしているのだ。作中で役者が「MORNING」に想いを乗せれば乗せるほど、熱い演技にしなければならない。いわば二重に演技をしている状態で、それをワンカットで10代の少年少女にさせる松居監督は、クレイジーだ。それに応える森田想も。

こうして複雑な役をこなしているからこそ、演技っていいものだなと思える作品に仕上がっている。今度は別の角度からみていこう。

現実と物語が溶け合っていく

実はこの『アイスと雨音』にはプロローグ/エピローグともいうべき映像がある。始まりと終わりを飾るのは、MOROHAの『遠郷タワー』MVだ。

MVには『アイスと雨音』オーディションの映像が使われている。そしてそこに映るのは『アイスと雨音』で映画デビューした、演技経験0の女優・田中怜子だ。役者の卵という役にぴったりの素性の持ち主が、大抜擢されている。

そして彼女が演じるのは、同名の役者・田中怜子であり、更に言えば劇中劇「MORNING」で演じるキャラクターの名前も田中怜子なのである。いわば田中怜子が田中怜子を演じる田中怜子を演じているという状態なのだ。他の人物も自分と同名のキャラクターを演じている。2度重ねられることで、現実と『アイスと雨音』が溶け合っていく。

本作は劇に出演するために、日々練習する役者の卵たちのストーリーであり、このMVと直接つながっているように錯覚する。観客にとっては『アイスと雨音』が現実に起こった事件のように思えてくるのだ。まるでドキュメンタリー映画を見ているような感覚になっていく。しかしその錯覚は、メタ的な表現から打ち砕かれる。

時間表現の特殊性

そしてそのメタ的な表現とは、一発撮りであることだ。74分、切れ目なく回っていくカメラが捉えるのは、1か月の少年少女の葛藤と疾走だ。この時間の跳躍をどのように松居監督が解決したのかは、ぜひ作中でご覧いただきたい。

そして時間の跳躍によって、観客はこの物語がフィクションであることを意識させられる。観客に向かって登場人物が話かけてくる描写も、僕らが虚構性に目を向けるよう誘導する。つまり監督はこう言いたいのだ。作中に描かれているのはありのままの少年少女の姿ではなく、才能ある俳優たちの鬼気迫る演技と、そして青春の1ページだと。

時折現れる素の姿

1カットで役を保ち続けられるわけがない。しかも自分と同性同名で同じ立場の役を。74分の間に、自分自身の素の姿がにじみ出てしまうはずだ。彼らの持つ10代のあどけなさや懸命さが、作中の役に溶け合い、ひっそりと表れていることこそ本作最大の魅力と言えるだろう。『アイスと雨音』は現実の彼らと境目無く結びついた、青春活劇なのである。

MOROHA

そして彼らの演技を究極のメタ的存在として見守り、時には鼓舞するのがヒップホップユニット・MOROHAである。作中に何度も登場する彼ら。一発撮りの中にあって覚悟の生演奏を披露している姿は、それだけで胸の奥が熱くなる。決してBGMに収まりきらず、むしろ何よりも異質な存在として映る彼らは、多くを語らない役者たちに代わって作品のテーマを叫び続ける。奇妙だが明快な表現である。最初はビビったけど。

劇中劇とストーリーがシンクロ

劇中の劇「MORNING」は徐々にストーリーとシンクロし、登場人物たちの演技にも熱が入っていく。更にMOROHAの歌詞までシンクロしていく。そして松居監督は、俳優たちは、MOROHAは、言いたいことは言い切ったという風に『アイスと雨音』を終え、物語は僕たちのいる現実へと投げられる。ラストシーンを思えば、この物語はまだ終わっていないのかもしれない。彼らの俳優人生はこれからも続いていくのだから。

おわりに

MOROHA『遠郷タワー』MVのラストで、18歳となった田中怜子が女優になるため上京したことが明かされる。MVの冒頭に始まり、『アイスの雨音』を経て再びMVへと帰ってくる。この大きな物語の輪は田中怜子という一人の女優の始まりを飾るものだった。青春はいつだって始まりなのだ。

完全に余談ですが、なぜタイトルが『アイスと雨音』なのか。それは公式パンフレットに書かれているので、ここには書かないでおきます。ぜひ入手してみてください。それでは。

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